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院長 中村哲也

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プロフィール

院長プロフィール

『幼少期』

昭和47年1月24日にて長男、中村家8代目として生まれる。吉田町立わかば保育園に通い、スキップが出来ずに泣いていました。自彊小学校では、喧嘩しては泣いてばかりでした。授業では体育が嫌いで嫌いでお腹が痛くなってしまい保健室にいましたね。そんなふうでしたので、体育の成績は5段階表示で2でした。

吉田中学校では水泳部に所属。ようやく運動の楽しさを知りました、しかしボールを使う運動は全く苦手で、ほとんどプレイしませんでした。授業では英語が得意(今はさっぱりわかりません)。何といっても授業を受けていて楽しい!この一言に尽きます。中村先生ありがとう。

 

『迷い続けた進路』

榛原高校に進学、勉強よりも部活(吹奏楽でパーカッション)に明け暮れ、将来は漠然と、『自分は大学に進んで会社に勤めるんだなぁ』と思い、漫然と過ごしていました。

高校3年の夏、家族からこの業界のことを知りマッサージ師の方に話を伺い、他の方から接骨院のことを教えていただいたことにより進路の道が少し見えてきました。【医療の道】人の役に立つ仕事というのが、少しくすぐったい感じがしましたが、後にこんなに大変なこととは、思いもよりませんでした・・・。

高校の担任先生は、当然反対です。自分のいたクラスで大学に進学しなかったのは 3人しかいませんでした。それでも、何の目的もなく大学に進学するよりも、少しでも夢が持てる医療の道を進むことに先生も納得して下さり、 推薦入試の書類を準備してくれました。さらに問題発生、入試科目は国語と生物です。私は理系で物理を専攻していましたので、さぁ大変!生物の参考書を買い、真黒になるまで繰り返し読みました。

推薦入試では倍率10倍程度だったかと思いますが、見事合格!(当時全国で学校は10校程度だったと・・。) 受かったのは良いが、学校は夜間です。昼間遊んで暮らすほど余裕もなく、アルバイトよりは、接骨院で働きたい、接骨院を見てみたいと思い 地元の十慈接骨院(後に働くことになる)に行き、 東京の先生を紹介していただきました。

 

『初めて働いた東京』

勤め先は西東京市の東伏見整骨院。佐藤明彦院長先生と3人の先輩方 石川先生・鎌滝先生・松本先生に仕事の一から十まで教えてもらい、生活まで面倒見てもらいました。

アパートの鍵はピアノの鍵?宝箱の鍵?みたいなレトロな鍵。トイレは水洗でしたが、風呂は無く近くの銭湯へ行きました、流し(キッチンとはお世辞にも言えない)の床は漫画に出てくるようにギシギシと音を立て、壁は砂壁で、キラキラ。窓枠は木製でネジって締めるカギ。本当に昔からある長屋?アパート?みたいな・・・。

お給料はアパート代と数万円いただき、ご飯は整骨院のお弁当を2個もらい過ごしましたよ。時には、友達の家に転がり込んで夕食を御馳走してもらったのも、良い思い出です。その甲斐あって、仕送りのほとんどは貯金しました。少しは親孝行したのかな?

 

『恩師 佐藤先生の技』

本当に素晴らしい技に感動を覚えました。例えば、痛みで顔を歪めて来る患者さんが、帰りには笑顔で帰っていく。ぎっくり腰で動けない方が、自分の足で歩き帰る。

試合を明日に控えていながら、怪我をしてしまい出場が危ぶまれるスポーツ選手を試合に出られるようにするテーピング。

こんなにすごい事が自分も出来るようになりたい!
お客様を良くして、お客様に感謝されるような人間になりたい!!

と、心から思いがむしゃらに勉強しました。ただこの3年間は大変なのも確かで、
朝8時に整骨院の鍵明け、掃除と受付、施術の助手をし、16時半に学校へ行くため早上がりをして、渋谷の幡ヶ谷にある『帝京技術医療専門学校』へ登校。

学校を21時に終了後、整骨院へ行き、まだまだ 働いている先輩方の施術を見て学び、その後のミーティングにも参加しました。ミーティングは白熱し、深夜2時にもおよぶことも多々ありましたが、 技術、接客、チームワーク、集客と色々な話をしました。もちろんその後、院長先生が晩御飯を御馳走してくださいましたよ(それが目的?で夜遅くまでつきあったかも)

2年間の整骨院で基本的なことを教えていただき、最後の1年間は整形外科でレントゲンの見方や、内科疾患、傷の処置の仕方などを学びました。
この3年間で、お客さんへの想いとか、自分の夢などを徐々に膨らませていき、 身体的には大変で睡眠時間も削るような生活でしたが、生涯忘れられることの出来ない経験をしました。

 

『地元に帰ってきて』

十慈接骨院に勤め技術の研鑽を積みました。3年間の修行で天狗になっていたところもあり、まだまだ施術の奥深さと自分の勉強不足を痛感し大石先生の元で、 7年間研修させていただきました。研修中はなかなか自分で開業する決心がつかず、先生と話をしながらもう少し勉強することを望み、開業の夢を見ていました。

 

『藤接骨院の開業』

苦しんでいるお客様を改善したい、笑顔を取り戻したい、早く元通りの生活に戻ってほしい。その思いを胸に、自分の接骨院で出来ることは何か?どうすればよいか?常にお客さんの身になり考えることを諦めない、をモットーに開業しました。

開業後は家族、親戚、ご近所の方に助けられ、人の温かさに触れ、自分だけの接骨院ではないことを痛感しました。
その甲斐あって、徐々に認知度も上がり、お客様も増えていきましたが、それに伴い難しい症状の方も沢山来院されるようになったことで、さらに勉強をするため専門書を読み、研修会に参加、また同業の方からアドバイスを頂いたことで、スキルアップ出来ました。

2003年からは社団法人静岡県柔道整復師会の総務委員を務めさせていただき、県内の諸先輩方とお付き合いするようになりました。
接骨院の院長という立場は経営者です、その決定権は自分にあり自分の責任にすべてなってしまうことから、お山の大将になりがちでしたが、会の仕事ではチームによる仕事の面白さ、組織内での役割分担など今後の院運営の在り方などを考えさせられることにより、より一層仕事が楽しくなりました。

 

『今後の予定』

今後は、お客様を早く改善することだけではなく、どうしたら痛みの出ない体を作るかに重点を置き、院の舵を切りたいと思います。
技術を磨くこと、人としてのスキルアップには終わりはありません。
お客様の笑顔が日々のモチベーションとなりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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榛原郡吉田町 牧之原市の整体院 骨盤矯正「藤接骨院」の詳細情報

住所 〒421-0304 榛原郡吉田町神戸126-6
電話番号 0548-33-4320
営業時間 午前 9:00~12:00 午後 15:00~20:00 (受付は19:30まで)
交通事故の方は20時まで受付!
定休日 土曜午後・日曜・祝日
駐車場 20台分完備

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